New York

2000年7月

 

 Prologue

最初は一人でフリータイム型のツアーで行こうかと考えていた。

しかし、調べるうちにNYはホテル代が高いと言う事実に気付いた。

一人で泊まるとなると、これはたいへんな金額。

それで以前私が英会話を教えてくれたアメリカ人の先生が、NYにすんでいることを思い出した。

そのため、7年ほどの会ってなかったのだけど急いで以前に聞いた住所に手紙を出した。

そしたら10日ほど経って手紙が来た。「ぜひ、私の家に泊まりに来て下さい」と言う事だった。

しめた!いやあなたの誠意に感謝。それを家族に話したところ、妹も行きたいと言い出した。

妹は英語の先生の娘と友達だった。しかし、高校2年生だ。ずるい、ずるすぎる。

高校生の身分で初海外でその上ニューヨークだなんて。いやそれよりも、妹を連れて行くとなると

お守り役となってしまうじゃないか。これではNYライフを楽しめない。

と母親に言い、説得に入ったところ「あんたの航空券代もちょっとは出してやる」

という言葉に、首を縦に振ってしまうのだった。


第1日目 Narita → JFK Airport

成田発15:25発。妹となんとか飛行機に乗り込むことが出来た。

デルタ航空だったのだが、期待してなかったけど、期待してなかっただけあるな、

といった具合。機内食はノースウエストと似たり寄ったりだった。

でも、米系ってどうしてそばが出るのでしょうかね。

ニューヨークに到着したのは15日の15:15。時差は12時間とのこと。

空港ですべての手続きを終え、ゲートを抜けると、

マーガレットさん(既出の英語の先生)が待っているはずだった。

しかし、いない。いない。いない。

やばいんじゃないのNYで路頭に迷うのか?と誰かが私の肩を叩く。

私はNYに知り合いなんていないぞ、とパニッくりながら思った。

マーガレットさんだった。あ〜良かった、と妹と二人で胸を撫で下ろす。

私たちは久々の再会に感動しあった。

空港にはマーガレットさんと娘のエミちゃんとマーガレットさんの彼氏が来ていた。

エミちゃんは現在16歳、日本で見ていたのは7年ほど前である。ハーフであったため

天使のように可愛かったのだが今は若干太ってしまっていた。

やはり米での生活はおそるべしなのだ。

私たちは空港をでて車に乗り込んだ。そしてマーガレットさんがコリアンフードを食べに行こうと

言うのである。コリアンフードってなに?キムチか?着いてみるとあたりまえの事ながら焼肉だった。

焼肉はつらい。なぜってデルタの機内食で脂っこくって胃がもたれる食事をしていたからだ。

二人でできる限りの誠意を尽くして食べた。というのも、会話が出来ないからだ。

マーガレットさんは日本語ができるのだが、エミちゃんは以前は話していたのだが、

現在はしゃべれない。だからうまく会話が進まない。だいたい何を話せばよいのだろうか。

沈黙の焼肉はおわり、私たちは彼女の自宅へと向かった。

1時間くらいはかかったと思う。自宅はニューヨーク州にはあるのだが、

ニューヨークシティからは電車で30分くらいかかると前から聞いていた。

家は日本でいうならば避暑地の別荘を思い起こさせるようなたたずまいだった。

そして、パグと猫を飼っていた。パグは大好きなので見ているだけで楽しい。

猫は恐ろしくでかかった。パグよりも大きかった。

私たちはパグをつれて外に出た。周りは木々が生えており、

リスがいっぱいいた。でも、アメリカではリスは嫌われ者なのだそうだ。

私たちはその後何をしたのかさっぱり覚えていない。とにかく早く寝たのだった。